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クリスチャン・ディオール デザイナー

デザイナー
クリスチャン・ディオール Christian Dior

1905年、フランスのグランヴィルに誕生した、ディオールは、5歳のときパリへ移住します。実はディオールは、ファッションにはあまり縁のない青年期を過ごします。

大学では政治を学びながらも、芸術に興味があった彼は画商となり、自身の画廊を開設。

ジャン・コクトーやサルバドール・ダリと親交を深め、キリコやジョルジュ・ブラックの絵画を扱うなど、現代でも多大な評価を受ける芸術家たちと接する日々を送りますが、1929年からの世界恐慌の影響を受け、画商としての道を閉ざされてしまいます。

遅咲きの天才デザイナー

失職したディオールは、そこからデザイナーとして勉強をスタートさせ、1938年からロゲール・ピゲの下、1941年からはリュシアン・ルロンの下でキャリアを積みます。

1946年に、大富豪のマルセル・ブサックの支援を受け、パリのモンテーニュ通りにメゾンをオープン。デザイナーとしては遅咲きのディオールは、41歳にしてようやく自身のブランドを立ち上げることとなりました。

メゾンオープン翌年のデビューコレクションでは、「コロル・ライン」が大絶賛を受け、「ニュールック」として、世界のファッション界で話題となります。その年モード界のオスカーと呼ばれた「二ーマンマーカス賞」を受賞し、一気にモード界のトップデザイナーへと登りつめます。

以後、「Hライン」、「Aライン」、「Yライン」など次々と斬新なスタイルを提案し、20世紀最高のデザイナーの一人として、その名を残しています。

ジョン・ガリアーノ John Galliano

1960年、スペインのジブラルタル生まれ、すぐにロンドンに移住。 セントマーチン・スクール・オブ・アートのテキスタイル科とモード科で学び、主席で卒業。 「フランス革命」をテーマにした卒業制作では、ロンドン中のバイヤーやプレスから大喝采を受け、早くもデザイナーとして脚光を受けることとなります。

1986年には、「ブリティシュ・デザイナー・オブ・ジ・イヤー」を受賞。 1991年にはパリ・コレの正式メンバーとして迎えられ、95年はジバンシーのデザイナーに、そして97年にクリスチャン・ディオールのデザイナーに就任。

ファッション・デザインだけでなく、広告キャンペーンやウィンドウ・ディスプレイなども手がけ、新生ディオールのイメージを確立させ、「絶対に手に入れたいと思えるブランド」としてのディオールを牽引するデザイナーとなっています。